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仙台地方裁判所 昭和58年(ワ)833号 判決

原告

工藤秀一

原告

八木橋寿次善

原告

鈴木博

右三名訴訟代理人弁護士

清藤恭雄

被告

広瀬興業株式会社

右代表者代表取締役

加藤義政

被告

加藤義政

被告

千葉和丸

右三名訴訟代理人弁護士

佐藤興治郎

被告

石巻市

右代表者市長

平塚真治郎

右訴訟代理人弁護士

渡部修

主文

一  被告らは、各自、原告工藤秀一に対し金一六五〇万円、原告八木橋寿次善に対し金三三〇万円及び右各金員に対する昭和五五年八月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告鈴木博に対し金二六一一万三七四六円及び内金一四五八万四一四七円に対する昭和五八年九月九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告八木橋寿次善、同鈴木博のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告工藤秀一及び同八木橋寿次善と被告らとの間で生じた分は全部被告らの負担とし、原告鈴木博と被告らとの間で生じた分はこれを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告鈴木博の負担とする。

五  この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

原告らは、「被告らは、各自、原告工藤秀一に対し金一六五〇万円、原告八木橋寿次善に対し金五五〇万円及び右各金員に対する昭和五五年八月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告らは、各自、原告鈴木博に対し、金三二六三万一三二八円及び内金二〇九六万三六〇四円に対する昭和五八年九月九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに給付部分につき仮執行の宣言を求めた。

被告らはそれぞれ、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告鈴木博(以下、「原告鈴木」あるいは単に「鈴木」という。)は、青森県知事の許可を受け、「青森下水道開発センター(以下、「開発センター」という。)との名称で産業廃棄物の収集、運搬、処分等を業として行っている者であり、原告工藤秀一(以下、「原告工藤」という。)及び同八木橋寿次善(以下、「原告八木橋」という。)は鈴木に雇用された従業員である。

(二) 被告広瀬興業株式会社(以下、「被告会社」という。)は、宮城県知事の許可を受け右と同種の事業を営んでいる会社であり、被告加藤義政(以下、「被告加藤」あるいは単に「加藤」という。)は後記事故発生の当時被告会社の専務取締役、被告千葉和丸(以下、「被告千葉」あるいは単に「千葉」という。)は同じく被告会社の営業主任の地位にあった者である。

(三) 被告石巻市(以下、「被告市」あるいは単に「石巻市」または「市」という。)は、地方自治法上の普通地方公共団体であり、同法その他の法令に基づいて、その区域内における行政事務一般を処理している。

2  原告らの受傷事故とその経過

(一) 事故発生に至る経緯

(1) 原告鈴木は、昭和五五年六月中旬頃と末頃の二度にわたり、予て知り合いの被告加藤から、「石巻市の下水管清掃業務(以下、「本件清掃業務」という。)を受注できる見通しであり、役所の方でも工法等について聞きたいと言っているので、石巻に来てその工法等を教えてもらいたい。」旨の依頼を受けた。そこで、鈴木は昭和五五年七月六日、訴外八木橋定衛(以下、「訴外定衛」という。)を同行して、石巻市魚町一丁目地区に赴いた。そこには、被告会社からは被告千葉外一名、被告市からは産業部水産課流通加工係長の内海精(以下、「内海」という。)が立会い、他にも被告市が本件清掃業務の見積等を委託した東北開発整備センター(以下、「整備センター」という。)の伊勢社長外一名及び石巻市水産加工排水処理公社(以下、「排水処理公社」という。)の職員一名が立会った。

(2) 本件清掃業務の目的は、石巻市魚町一丁目地区所在の水産加工団地内に埋設された被告市所有の汚水管の主管(以下、「本件汚水管」といい、主管部分に限定するときは、単に「主管」という。)の清掃で、右主管は直径1.1メートルないし1.35メートル、長さ889.4メートルのものであった。

原告鈴木は内海から、原告鈴木の経営する開発センターのことは聞いているが、青森の業者に本件清掃業務を直接委託するわけにはいかない、地元の被告会社に委託することに事実上内定しているが、被告会社には本件汚水管のような清掃業務の経験がないので、原告鈴木がこれに協力してやってもらいたい旨要請があり、鈴木はこれを了承した。

原告鈴木は、出席者らから本件清掃業務の工法、仕様及び右業務の作業遂行上の注意事項を教示してもらいたい旨依頼を受け、訴外定衛に本件汚水管の調査をさせ工法を検討した結果、高圧洗浄車による機械的洗浄が困難であることが判明したので、作業員が直接汚水管内に入りバキュームダンパーで汚泥を吸入する清掃方法を採ることにした。そこで鈴木は作業上の注意事項として、本件清掃業務は、主管の上流部から順次下流部へという順序で実施すること、主管内の水位は、本件清掃業務開始時までに三分の一以下に下げること及び本件清掃業務の期間中は、本件汚水管内に流入する水産加工場からの汚水等、工場汚水の排出は完全に止めてもらうよう被告市が水産加工業者等に周知徹底すること、但し、水洗便所及び台所からの生活雑排水は少量であるため、その排出を認めることとし、その水は、臨時にバイパスを設置し、ポンプで揚水し下流に迂回させ、清掃業務に支障のないように措置することを要求した。

これに対し、被告らは必ずこれらの注意事項を履行する旨約した。

(3) 内海係長は、原告鈴木から指摘された注意事項を含む右打合せの結果を後日上司の水産課長河室功(以下、「河室」という。)、同課長補佐青柳信雄(以下、「青柳」という。)及び部下の末永隆紀(以下、「末永」という。)らに報告した。

(4) 八月上旬頃被告会社から原告鈴木に電話があり、本件清掃業務を正式に受注したことの報告と右業務の協力方の要請を受け、原告鈴木はこれを了承した。作業範囲はは汚水管の本管(総延長889.4メートル)の清掃業務であり、工期は八月二〇日から九月三日までとのことであった。

(5) 原告鈴木は、八月一七日から本件作業現場に搬入する車両、機材、安全用具その他必要工具等の点検、整備をし、同月一八日には右現場に派遣する作業員一六名(訴外定衛、原告工藤、同八木橋を含む。)全員を集め、本件清掃業務の内容、その作業方法等の注意事項を説明した。また原告鈴木は右一六名中の連絡責任者として訴外定衛を指名した。かくて、右一六名は同月一九日朝必要な車両、機材、工具等を持参して石巻に向かった。

(6) 右一行一六名は同日午後石巻に到着し、被告市の担当者ら及び被告加藤、同千葉ら被告会社関係者と打合せを行った。

右打合せに際し、訴外定衛らは千葉から、本件作業現場を汚水管本管のマンホールの設置区間によって、魚町一丁目地区二番、一一番街区を第一ブロック、三番、四番、一〇番街区を第二ブロック、五番、九番街区を第三ブロック、六番、七番街区を第四ブロックとして区切り、本件清掃業務を、下流の第一ブロックから始め、順に第二、第三及び第四ブロックへと上がっていくという工程計画になっている旨説明を受けたところ、被告市や被告会社で予定している本件作業の右工程が、青森における事前の打合せに反し、下流から上流へという順序に施行するという計画になっていることに気付き、直ちに当初の予定どおりに変更させた。

(7) こうして、右一行一六名は同月二〇日から、被告市と被告会社との指揮、監督のもとに、本件作業現場において第四ブロックの清掃業務についた。

(二) 事故発生の状況

翌二一日午前八時三〇分頃、原告工藤、同八木橋、訴外今井日出則、同太田義雄、同武部恭男の五名が、第三ブロック上流部の六番街区地内マンホールに入って清掃作業を行っていたところ、突然右マンホール上部南側にある枝管(直径約二五センチメートル)部分から右マンホール内に突然多量(約四ないし五トン)の汚水が流入し、右汚水中に高濃度の硫化水素ガスが溶解していたため、折からその近くの本管内で清掃業務に従事していた前記原告工藤ら五名は、右ガスを吸引し、いずれも間もなくその場(水深約一〇センチメートルの本管内)に昏倒するに至った。そして、前のめりに倒れた訴外今井、同太田の両名は、その場の汚水で窒息死し、仰向けに倒れた原告工藤、同八木橋及び訴外武部の三名は、有毒性ガスの吸入による酸素欠乏状態、両眼結膜下出血及び呼吸不全の障害を負ったが、直後の救出とその後の治療により、危うく一命を取り止めた(以下この事故を「本件事故」という。)。

3  被告広瀬興業、同加藤、同千葉の責任

(一) 右被告らの安全配慮義務違反

(1) 被告加藤は、被告会社の専務取締役として、被告会社が施行する本件汚水管清掃業務全般について指揮、監督、管理等の業務に従業しており、被告千葉は、被告会社の営業主任として、右清掃業務の施行管理、作業員等の指揮、監督等の業務に従事していた。

(2) 本件清掃業務の対象である汚水管の主管は、地下平均約6.35メートル、直径1.1メートルないし1.35メートルで長さ889.4メートルに及ぶが、その管内は、多くの水産加工場から永年にわたって流入した汚泥、ヘドロが堆積し、その閉塞率は七〇パーセントに達していた。右主管の清掃は、作業員が直接地下深く埋設された管内に潜入し、手作業によって行うという方法が採られることとなっており、管内には付近の各水産加工場からの汚水等が排出流入されており、右汚水等は折から夏期でもあって高温による腐敗が進み、人体に有毒なガスを含有している可能性があり、それが清掃作業中の本件汚水管本管内に流入すれば、排水による溺死あるいは有毒ガス発生によるガス中毒の虞れ等、生命、身体の安全に対する危険が予想された。そのため鈴木は、2(一)(2)において主張したとおり、昭和五五年七月六日に実施された現地調査の場で千葉、内海ら出席者に本件清掃業務の実施期間中は作業員の生命等の安全を確保するために、本件汚水管に汚水を排出、流入させている水産加工場からの工場汚水の排出を全面的に停止する必要があることを指摘しかつ要求したのであり、工場排水の排出の全面停止が本件主管清掃の不可欠の前提とされていた。このことを十分に認識していたのであるから、被告会社、同加藤、同千葉は、本件清掃業務を再委託した原告鈴木(開発センター)及びその従業員であるその余の原告らに対し、右再委託契約に基づき、もしくは右契約に附随する信義則に基づき被告市の担当者を介して、関連水産加工場等から工場汚水の清掃作業時間中における排出停止を要求し、仮に右義務を尽くしていたとしても、更に念を入れて、作業開始時にはその排出停止の実施状況を確認すべき義務、及び原告工藤らが作業をしているマンホールに直接接続する枝管に土のうを入れる等して、有毒ガスを含有する虞れのある工場排水の主管への流入を防止する措置を採り、もって有毒ガスを含有する汚水の本管内流入による危険の発生を未然に防止するため万全の措置を講じ、本件清掃業務に従事している原告らの生命、身体、健康の安全を配慮すべき義務があった。にもかかわらず、右被告らは、それぞれいずれも右各義務を怠り、被告市の担当者をして予め関係水産加工業者に対して作業工程の変更を知らせなかったばかりか、右汚水等工場排水の停止要請及び汚水等の本管内流入防止措置も全く講じないまま、原告工藤ら作業員をして本管内に潜入させて清掃作業に就かせ、その結果本件事故を起こしたのである。したがって、右被告らは後記原告らの損害を賠償する義務がある。

(二) 右被告らの不法行為責任

右(一)で主張した被告加藤、同千葉の注意義務違反は、同時に民法七〇九条における過失にも該当するから、同人らは同条に基づき不法行為に基づく損害賠償義務を負担すべきである。また、被告会社は、右同人らの使用人であり、且つ、本件事故の損害は同人らが被告会社の事業の執行につき原告らに加えた損害であるから、使用者として民法七一五条一項に基づく損害賠償責任を負うべきである。

4  被告市の責任

(一) 安全配慮義務違反

(1) 本件清掃業務の対象である汚水管の主管の構造、内海が現地調査に出席した経緯、鈴木に対する依頼内容、本件清掃業務の作業方法、予測される排水、ガス発生の危険性、鈴木が現地調査の場で千葉、内海らに説明し要請した事項等については、被告広瀬興業、同加藤、同千葉の安全配慮義務違反について主張したとおりである。

(2) 被告市は地場産業として水産加工業を発展させるべく、行政指導により水産加工団地を形成し、その施策の一環として、右団地内の各水産加工業者の工場から排出される汚水の処理の指導、監督及び本件汚水管の維持、管理の業務をも担ってきた。各水産加工業者は共同もしくは各自で貯水槽等を設置して汚水(工場廃水)の一次処理をした後、被告市が管理する本件汚水管の枝管を利用して主管に排出しているものであるから、これら水産加工業者に対して工場汚水の本件汚水管への排出を規制できるのは、右汚水管を所有、管理している被告市のみであった。

(3) 右水産加工場から発生する汚泥、汚水による悪臭は、特に夏期においては被告市のほぼ全域にわたって上空に拡散し、鼻をつくという状態を呈することが少なくなく、また、各水産加工場の現場では有毒ガスを吸引した作業員が倒れるという事態も珍しくはなかった。また、当時、全国的には汚水槽やマンホール内で発生した硫化水素により中毒した事例も幾つか報告されていたのであるから、被告市の担当者としては、これらの事実を知っていたし、そうでないとしても、相当の注意を払えば知り得る立場にいた。

(4) 右のような事実関係のもとにおいては、本件汚水管内で清掃作業をする場合には、工場汚水の排出を全面的に停止しなければ作業員の生命、身体の安全及び健康に重大な危険が及ぶことを被告市の担当者は熟知しており、仮に被告市の右担当者らが右有毒ガスの発生もしくは発生の可能性と作業員への危険性を予知していなかったとしても、その地位、職務内容に照らし、相当の注意を払えばこれらの事実を十分に知り得たのであるから、被告市は、本件清掃業務の委託者として、被告市と被告会社との間の本件清掃業務委託契約もしくはこれに附随する信義則に基づいて、本件汚水管主管の清掃作業に実際に従事する原告らに対し、本件清掃業務の作業期間中、関係水産加工業者に対し、工場汚水の全面的排出停止を求め、かつ、右作業開始時には右排水停止措置の実施状況を確認し、もって有毒ガスを含有する汚水の本管内流入による危険の発生を未然に防止するための万全の措置を講ずる等して、原告工藤らの生命、身体、健康の安全を確保すべき安全配慮義務を負っていたというべきである。ところが、被告市は右義務を怠り、予め関係水産加工業者らに対し作業工程の変更を知らせなかったばかりか、右汚水等工場排水の全面的停止要請を行うことなしに原告工藤ら作業員をして本管内に潜入させて清掃作業に就かせた結果、本件事故が発生した。したがって、被告市は後記原告らの損害を賠償する義務がある。

(二) 被告市の国家賠償法一条一項に基づく責任

被告市の産業部水産課長河室、同課長補佐青柳らは、被告市の水産団地内に埋設されている本件汚水管の維持管理をし、かつ、関係水産加工業者の工場から排出される汚水、汚泥等につき適切な処理、規制をすべき権限を有し、かつ職務を担当していたところ、被告会社、同加藤、同千葉の安全配慮義務違反について主張したのと同様の理由から、予め被告加藤、同千葉らと協議し、関係水産加工業者等に対し、当該作業区間内に流入する汚水の清掃作業時間内における排出停止を求めるとともに、右作業開始時には右排水停止措置の実施状況を確認し、もって有毒ガスを含有する汚水の本管内流入による危険の発生を未然に防止するための万全の措置を講ずべき注意義務があったのにこれを怠り、その結果本件事故を惹起したものである。よって、被告市は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故によって原告らが被った後記損害を賠償する責任がある。

(三) 被告市の国家賠償法二条一項に基づく責任

本件マンホール及び汚水管は下水道法二条三項の公共下水道であるから国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当する。また、右法条の営造物の「設置又は管理の瑕疵」とは営造物が通常有すべき安全性を欠くことをいい、右「通常有すべき安全性」とは、当該公物自体の物的な構造的欠陥の外、当該公物をめぐる物理的危険状態・行政当局による危険防止・除去の必要性と可能性等を考慮し、当該公物の機能上内外にもたらされる危険性をも顧慮して決せられるべきである。

本件の場合、原告ら作業員は地下深くかつ狭隘な本件汚水管主管内に潜入して清掃作業に従事していたのであり、その際関係水産加工場から工場汚水が排出されるならば、有毒ガスが発生し、原告らの生命・健康に大きな影響が及ぶという客観的、物理的危険状態が存したこと、他方、右汚水管の設置・管理者たる被告市は、右危険を防止・除去する措置をとることが必要でありかつ十分可能であったにもかかわらず、被告市は右措置をとらず、その結果本件事故が発生したのであるから、本件汚水管の管理に瑕疵があったというべきである。

したがって、被告市は、国家賠償法二条一項により、原告らが本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。

5  損害

(一) 原告工藤

原告工藤は、本件事故によって急性硫化水素ガス中毒により意識不明となり、酸素欠乏状態及び呼吸不全等の傷害を負い、気管切開等による救急措置によって辛うじて一命を取止めたが、その後もしばしば呼吸困難状態が出現し、幾度も生死の境をさまよった。原告工藤は、現在でも呼吸困難になることが多く、重労働は不可能であり、軽い労働も休み休みやれる程度であり、将来もこれ以上回復は見込まれない。

以上のような、本件事故による傷害とその後遺傷害のため、同原告は、現在及び将来にわたり、年間一〇〇万円の減収となるが、このような逸失利益分も含め、精神的肉体的苦痛による慰藉料として金一五〇〇万円、本件訴訟の提起とその遂行のための弁護士費用として金一五〇万円、合計金一六五〇万円を請求する。右金員は本件事故と相当因果関係のある損害である。

(二) 原告八木橋

原告八木橋も、原告工藤と同様に、本件事故により急性硫化水素ガス中毒により意識不明となり、酸素欠乏状態及び両眼結膜下出血の傷害を負い、危うく一命を取止めたが、その後もしばしば呼吸困難となり、また、疲労し易いため、現在でも重労働はできず、軽作業ができる程度である。

以上のような、本件事故による受傷とその後遺傷害のため、同原告は、現在及び将来にわたり、年間三〇万円の減収となるが、このような逸失利益分も含め、精神的肉体的苦痛による慰藉料として金五〇〇万円、本件訴訟の提起とその遂行のための弁護士費用として金五〇万円、合計金五五〇万円を請求する。右金員は本件事故と相当因果関係のある損害である。

(三) 原告鈴木の被告らに対する不当利得返還請求等

(1) 本件事故は、被告らの責に帰すべき事由によって惹起されたものであり、原告鈴木に責任はないのであるが、死傷者はいずれも自己の使用人であったため、原告鈴木は道義的責任を感じ、右五名の従業員やその遺族に対しできるだけの経済的、物質的な出捐をしてきた。これらの支出は、本来被告らが負担すべきものである。したがって、原告鈴木の右出捐により被告らは利益を受け、原告は損失を受けたから、被告らは民法七〇三条、同七〇四条本文及び但書に基づきその利益分を原告らに償還すべきである。

(2) また、同原告の右出捐は、法律上の義務なくして被告らのために事務を管理したものであるから、民法七〇二条に基づき、その費用として、同原告に償還すべきである。

(3) 原告鈴木が本件事故によりこれまでに出捐もしくは今後出捐する金員は以下のとおりである。

(イ) 金一七〇六万一〇五八円

原告が本件事故によって死亡した太田義雄の遺族である妻太田公子との間で締結した和解契約に基づき、労働者災害補償保険給付金とは別に、逸失利益及び慰藉料を含む見舞金の形式で、昭和五五年九月から同六六年六月まで毎月一〇万ないし一七万一〇三〇円宛支払うことを約し、現に履行している金員の合計金である。

なお、右金員のうち本訴提起までに既に期限到来によって支払ったものの合計額は金五三九万三三三四円で、期限未到来の未払債務は金一一六六万七七二四円である。

(ロ) 金二二一万六七四八円

原告が本件事故によって受傷した原告工藤、同八木橋及び訴外武部恭男に対し、労働者災害補償保険給付金とは別に、休業補償金として支払った金員の合計金である。

(ハ) 金五三五万三五二二円

原告が本件事故によって死亡もしくは受傷した前記五名の従業員の葬儀費用、入院費用、その他諸費用として支払った金員の合計金である。

(ニ) 金五〇〇万円

原告鈴木は、本件事故の発生により道義的責任を感じ、筆舌に尽くしがたいほどの心労を受けてきただけでなく、また新聞等でも大きく報ぜられ、弘前市から一年間の指名停止を受ける等、営業上の信用にも大きい影響と損失を被った。そこで原告鈴木は、被告らに対し、このような営業上の損失を含め、慰藉料として金五〇〇万円を請求する。

(ホ) 金三〇〇万円

原告鈴木が右各金員の支払請求をするため、本訴の提起とその遂行を弁護士に依頼するための費用にして、本件事故と相当因果関係にある損害である。

(ヘ) 以上合計すると三二六三万一三二八円であり、本訴状提出時までに既に支払済の分は二〇九六万三六〇四円である。

よって、原告らは、被告らに対し、申立欄記載の各金員及び原告工藤秀一、同八木橋寿次善は本件事故発生当日である昭和五五年八月二一日以降完済まで、原告鈴木博は内金二〇九六万三六〇四円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月九日以降完済まで、いずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社、同加藤、同千葉

(一) 請求原因1の事実は全部認める。

(二) 同2(一)の事実中、千葉が現地調査に立会い、その場において出席者の間で原告らが主張するとおりの内容の打合せがなされたこと、被告市が作業期間中主管の水位を三分の一以下に下げることとともに工場汚水の排出の完全停止の周知徹底を確約したこと、被告会社が鈴木に本件下水道清掃の下請負を発注したこと及び(一)の(5)ないし(7)の事実は認め、その余は否認する。

同2(二)の事実は認める。

(三) 同3は全部争う。

本件清掃業務は被告市が被告会社に委託したものであるが、被告会社、同加藤、同千葉は、予め被告市と協議した結果、被告市が水産加工場に対して工場汚水排出の停止措置を求めることになっていたのであり、清掃作業期間中の汚水の排出停止措置は、被告市の責任所管事項であり、右被告ら三名の責任事項ではなかったのである。このことは、本件汚水管が下水道法二条三項の公共下水道に該当し、被告市は同法一四条一項に基づき、本件汚水管の管理者として排水区域内の水産加工業者に対して汚水管の使用を制限する公法上の権限があり、これにより被告市は、同条二項により使用制限区域及び期間並びに時間制限を予め周知させる措置をとる公法上の義務があることからも明らかである。これに対し被告会社、同加藤、同千葉には被告市のような水産加工業者に対して排水停止を求める権限は全くなかった。

被告会社としては、本件清掃業務を開始するに当り汚水管内の空気を検査する等安全を確認して作業にとりかかったのであり、通常予見義務は全部尽くしたのである。

本件事故は、右のとおり被告会社の要請にもかかわらず、水産加工業者に排水停止の周知徹底をすることを怠った被告市と、極めて高濃度の硫化水素ガスを含有する汚水を排出した訴外石巻水産加工協同組合の不注意によるものであり、被告ら三名にはこのような事情を予見することは不可能であった。したがって、被告ら三名には過失はない。

(四) 同5は争う。

2  被告市

(一) 請求原因1(一)の事実は知らない。

同1(二)、(三)の事実は認める。

(二) 同2(一)(1)の事実は知らない。

同2(一)(2)の事実中、本件清掃業務の目的が原告ら主張のとおりであることは認め、内海が鈴木に原告らが主張するように協力を要請したとの点及び内海が工場排水の完全停止の周知徹底を約束したとの点は否認し、その余は知らない。

同2(一)(3)ないし(7)の事実は、被告市が本件清掃業務について指揮、監督したとの点は否認し、その余は知らない。

(三) 同2(二)の事実は認める。

(四) 同4は全部争う。

(1) 被告市に安全配慮義務はない。

労災事故において安全配慮義務が認められるためには、当該労務者の労務を「支配管理」するという法律関係の存することが絶対条件となるところ、被告市ないし市職員と原告らとの間には右支配管理の関係はなく、他にも債務不履行責任を負うべき何らの契約関係もなかった。また、被告市の職員には、何らの故意、過失も存しない。したがって、被告市に安全配慮義務の生ずる余地はない。

(2) 被告市に国家賠償法一条一項に基づく責任はない。

被告市と被告会社との間の本件契約は請負契約ではなく、結果のみを求める業務委託契約であったこと、本件業務内容が特殊専門的なものであったことに鑑みれば、被告市の職員には本件清掃業務につき管理監督責任はなく、また、河室、青柳ら被告市の職員には、本件事故当時水産加工業者に対して清掃作業時間内における工場汚水排出の全面停止を要請すべき行政上の権限は何ら存しなかった。更に、被告市の職員には、本件汚水から硫化水素が発生することを予測できる知識、経験は全くなく、本件事故発生の予見可能性はなかった。したがって、被告市の職員には国家賠償法一条一項の故意はもちろん過失もない。

(3) 被告市に国家賠償法二条一項に基づく責任はない。

本件マンホールは本件事故発生当時その物が本来備えているべき物理的な性質又は設備を欠いてはいなかったのであるから、「設置または管理」に瑕疵はない。したがって、被告市に国家賠償法二条一項に基づく責任はない。

(五) 同5は争う。

三  被告会社、同加藤、同千葉の抗弁

1  答責性不存在

仮に被告会社、同加藤、同千葉に過失が存するとしても、その過失は被告市の重大な過失と比較すれば極めて微々たるものであり、本件事故において被告市の果した役割及び同市の賠償能力を勘案すれば、被告会社、同加藤、同千葉には賠償責任はないと解すべきである。

2  一部責任

仮に被告会社、同加藤、同千葉に多少なりとも責任があるとしても、本件事故に原因を与えた寄与度ないし因果関係の割合を計算して責任分担の公平を期すべきであり、被告会社、同加藤、同千葉の過失が極めて微々たるものであることを考慮すれば、右被告らの責任は原告らの損害の三パーセントを上回るものではないと解すべきである。

四  被告会社、同加藤、同千葉の抗弁に対する認否

総て争う。

第三  証拠〈省略〉

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官吉野孝義 裁判官岩井隆義)

別紙中間利息計算表〈省略〉

別紙マンホール見取図〈省略〉

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